きっかけ
詰将棋を楽しみ始めたきっかけは、
やっぱり神戸の将棋道場へ通っていた頃、
地元の強豪に愛好家の方がいて、
色々と解説して頂いたのが、最初だったと思います。
今は親しい信行寺さんと知り合うより3〜5年はど前だったと思います。
しかし、信行寺さんは解き始めるきっかけを作ってくれた一人です。
その将棋道場では、手作りの会報を80年代の後半頃から
配りはじめ、毎号、詰将棋を3〜5題程度載せてました。
出題されるのは、師範のプロ棋士5名と師範代のアマ2名で、
その中でも毎号出題されるのが創棋会HP管理人さんでした。
あんなに普通で簡単な詰将棋を作っていた彼が、専門誌に載って、
更に正解者が50名を割るような難解な詰将棋を作るようになって
しまったのか、私には良く解かりません。
昔の彼の作品を知っている私からみれば、豹変したとも言えます。
そろそろ元の実戦形で解いてて楽しい詰将棋か、
手順が面白いだけの詰将棋を作る人に戻ってくれないかな?
と思っているのは、わたしだけではないと思います。
やっぱり神戸の将棋道場へ通っていた頃、
地元の強豪に愛好家の方がいて、
色々と解説して頂いたのが、最初だったと思います。
今は親しい信行寺さんと知り合うより3〜5年はど前だったと思います。
しかし、信行寺さんは解き始めるきっかけを作ってくれた一人です。
その将棋道場では、手作りの会報を80年代の後半頃から
配りはじめ、毎号、詰将棋を3〜5題程度載せてました。
出題されるのは、師範のプロ棋士5名と師範代のアマ2名で、
その中でも毎号出題されるのが創棋会HP管理人さんでした。
あんなに普通で簡単な詰将棋を作っていた彼が、専門誌に載って、
更に正解者が50名を割るような難解な詰将棋を作るようになって
しまったのか、私には良く解かりません。
昔の彼の作品を知っている私からみれば、豹変したとも言えます。
そろそろ元の実戦形で解いてて楽しい詰将棋か、
手順が面白いだけの詰将棋を作る人に戻ってくれないかな?
と思っているのは、わたしだけではないと思います。
COMMENTS
みーつけた
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兵庫区におられたYさんですよね。
ご無沙汰してます
最後のご意見は、私も大賛成です。
一般の人が解けない詰将棋なんて、
兄ちゃんらしくないんだもん。
きっと彼、落ち込んでいるわ。。。
これからも、宜しくお願いします